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東京地方裁判所 平成5年(モ)13971号 決定

主文

一  右当事者間の東京地方裁判所平成五年(ヨ)第一二六一号不動産仮差押申立事件について、当裁判所が平成五年三月一七日になした仮差押決定を認可する。

二1  右当事者間の東京地方裁判所平成七年(ヨ)第三六三九号債権仮差押申立事件について、当裁判所が平成七年七月二六日になした仮差押決定は、これを取り消す。

2  債権者の右仮差押申立てを却下する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を債権者の、その余を債務者の負担とする。

理由

第一  事案の概要

一  本件は、債権者が、申立外A東京支店(以下「A」という。)に対していずれも平成二年一一月一五日に貸し付けた金一〇億三五〇〇万円の内金八億八五〇〇万円と金二億一五〇〇万円の各貸金について、債務者が連帯保証したことに基づく右貸金元金についての連帯債務履行請求権を被保全権利として、債務者所有の不動産に仮差押を求めて主文第一項の仮差押の決定を受け、また、右貸金のうち金一〇億三五〇〇万円の貸金に対する遅延損害金についての連帯債務履行請求権を被保全権利として、債務者が有限会社戊田名義で契約している賃貸借契約の賃料債権に対して仮差押を求めて主文第二項の仮差押の決定を受けたが、債務者から両決定仮差押につき被保全権利及び保全の必要性の不存在を、債権仮差押決定についてはこれに加えて仮差押債権が債務者に帰属しないことを理由に異議が申し立てられた事案である。

二  前提となる事実

1  債権者は、申立外Aに対し、平成二年一一月一五日(契約書上は平成二年一一月一九日)に、金一二億五〇〇〇万円を次のとおり二口に分けて貸し付けた(甲第一、第二号証、以下書証については特に表示がないかぎり併合前の甲事件の書証及び併合後の書証を指すものとする。)。

〈1〉元本 金一〇億三五〇〇万円

利率 年八・八パーセント(但し平成四年一月二一日以降七・三パーセントに変更)

保証料 年〇・五パーセント

利息の支払日 毎年一月二〇日、七月二〇日に半年分を一括後払

弁済期 平成八年一月二〇日

損害金 年一四パーセント

失権約款 利息等債務の履行を遅滞したときは、債務者は当然に期限の利益を喪失する。

(以下右の金銭消費貸借契約を「本件第一貸付」という。)

〈2〉元本 金二億一五〇〇万円

その他の内容は前記〈1〉の貸付と同様

(以下右の金銭消費貸借契約を「本件第二貸付」という。)

2  Aは、平成四年七月二〇日に支払うべき本件第一貸付の利息・保証料合計金四〇三六万五〇〇〇円の支払いを怠たり、よって、本件第一貸付については同日の経過をもって期限の利益が失われた。

3  その後、Aは、平成五年一月二〇日に支払うべき本件第二貸付の利息・保証料合計金八三八万五〇〇〇円の支払いを怠たり、よって、本件第二貸付については同日の経過をもって期限の利益が失われた。

4  本件第一、第二貸付の平成七年六月三〇日現在の債権額は次のとおりである。

〈1〉本件第一貸付

元本 金一〇億三五〇〇万円

利息・保証料 金四〇三六万五〇〇〇円

損害金 金三億九九九一万九三七六円

〈2〉元本 金二億一五〇〇万円

利息・保証料 金八三八万五〇〇〇円

損害金 金七三四七万六九八六円

三  本件の争点は次のとおりである。

(甲・乙事件について)

1 債務者は、債権者との間で、平成二年一一月一五日に、本件第一、第二貸付によるAの債権者に対する債務を連帯保証する契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結したか。

2 Aの代表者である丙川夏夫(以下「丙川」という。)は、真実は、A及び丙川個人が、債権者及び申立外株式会社丁原銀行(以下「丁原銀行」という。)から融資を受けて自己の目的に使用するつもりであるのに、債務者の夫の申立外乙山春夫に対して、マレーシア在住の華僑の申立外Bが、クアラルンプールに建てているコンドミニアム「メナラ・ペナング」に投資し、その利潤を両者で分け合うというプロジェクトを持ちかけ、乙山春夫及び債務者をして債権者や丁原銀行からの融資金がメナラ・ペナングの購入資金に使われると誤信させ、それによって債務者に本件連帯保証契約を締結させたか。

債権者ないしその代理人である丁原銀行は、右事実を知りまたは知り得べきであったか。

また、丁原銀行と債権者が、A及び丙川に対する融資において一体として行動したことによって丁原銀行の右融資についての認識を債権者の認識と同視し得るか。

3 債務者は、実際には本件第一、第二貸付の借主はAであるのに、借主が丙川個人であると考えて本件連帯保証契約を締結したか。

また、右の錯誤は法律行為の要素の錯誤に当たるか。

4 債務者は、実際には、本件第一、第二貸付の融資金はAないし丙川自身の目的に使用されるものであるのに、右融資金が、乙山春夫が丙川と共同で行うメナラ・ペナングへの投資事業のために使われると考えて本件連帯保証契約を締結したか。

債務者は、右の契約締結の動機を債権者ないしその代理人である丁原銀行に対し表示していたか。

また、丁原銀行と債権者がA及び丙川に対する融資において一体として行動したことによって丁原銀行に対する動機の表示を債権者に対する表示と同視し得るか。

5 債権者が、連帯保証人である債務者の了解を得ないで、Aに本件第一、第二貸付の融資金のメナラ・ペナング購入以外への使途変更を許諾した場合には、融資における信義則違反として、債権者の債務者に対する本件第一、第二貸付についての連帯保証債務の履行請求が認められないことになるか。

6 本件第一、第二貸付は、債権者が、丁原銀行と共謀して、融資金のうち金一〇億円を丁原銀行丁田支店に定期預金させる目的で実行したものか。

そうであるとした場合、右定期預金はいわゆる拘束預金として独占禁止法一九条において禁止され、これと一体となった本件第一、第二貸付は、独占禁止法違反として無効となるか。

7 債権者の担当者は、丁原銀行丁田支店の担当者と共謀の上、丙川が債務者を欺して本件連帯保証契約を締結させたことに関し、その事情を知りながら丙川に協力し、その結果、債務者に第一、第二貸付の元金及び利息損害金等約一七億円の支払い債務を負わせたか。

(乙事件について)

8 債権者の債務者に対する保証債務履行請求権を被保全権利として、債務者が有限会社戊田名義で契約している賃貸借契約の賃料債権に対する仮差押を認めた債権仮差押決定について、仮差押債権が債務者に帰属しないことが保全異議の理由となるか

有限会社戊田の法人格が形骸化しておりその法人格が否認されるべきであるか。

第二  争点に対する判断

一  本件連帯保証契約の成否について

1  本件疎明資料及び審尋の結果を総合すると次の事実が一応認められる。

〈1〉 平成二年一一月一五日に、丁原銀行丁田支店において、債権者担当者の甲山二郎、丁原銀行丁田支店副支店長の乙川三郎、債務者、債務者の夫の乙山春夫、Aの代表者丙川とその妻丙川松子が集まり、甲山二郎において、「ご融資に関するご案内」のコピーを出席者に配付し、それに基づいて融資条件等につき説明し、また、本件第一、第二貸付の契約書である甲第一、第二号証の各金銭消費貸借抵当権設定契約証書の別表1、2の内容を説明した後、契約各当事者が、右各契約書に署名捺印(Aについては記名)した。

〈2〉 その際、甲山二郎は、債務者に対しては連帯保証人兼抵当権設定者となっているのでこの欄にご署名下さいという旨を説明して、右各契約書の「連帯保証人兼抵当権設定者」欄に署名捺印を求めたが、債務者は、これに対して特に異議を述べることなく署名捺印した。

〈3〉 債務者は、本件第一、第二貸付以前に、自分が代表取締役を務める有限会社戊田あるいは乙山春夫のために、金融機関との間で何回か担保提供及びそれに伴う連帯保証契約を締結している経験がある。

2  右認定に対し、債務者は、債務者審尋において、甲山二郎が、債務者に対して連帯保証人兼抵当権設定者となっているのでこの欄にご署名下さいという旨を説明したことはないと供述しているが、債務者は、A及び丙川に対する別件の仮差押事件において裁判所に提出した陳述書では、「一九九〇年(平成二年)九月二七日に、丙川の丁原銀行に対する債務とAの債権者に対する債務について個人保証をした。」と述べていたのに、本件異議審においては、本件第一、第二貸付の契約書の締結日は平成二年一一月一五日で、債務者及び乙山春夫は、同日に、丁原銀行に対する各保証書にも署名捺印した旨供述を変更しておりまた、債務者審尋の供述自体、債務者の丁原銀行に対する根抵当権設定契約証書への署名捺印の時期は記憶になく、丁原銀行に対する保証書についても平成二年一一月一五日に署名捺印したものであると思うがその状況ははっきり記憶していないというように記憶が極めて曖昧であることを考慮すると、債務者の、連帯保証人として署名して下さいといわれたことがないとの供述は、甲山二郎の参考人審尋の結果に照らして信用できない。

3  前記1の認定事実によれば、債務者が、債権者との間で、本件連帯保証契約を締結したことが認められる。

二  福岡の詐欺の主張について

1  債務者は、まず、乙山春夫が、丙川との間で合意した共同事業は、Bの所有する「メナラ・ペナング」に投資してその利潤を丙川と乙山春夫の両者で分け合うというものであって、「メナラ・ペナング」以外の物件に投資することは合意内容に入っていない旨主張する。

しかしながら、乙山春夫は、甲第二二号証の陳述書(債務者のA及び丙川に対する別件の仮差押申立事件において裁判所に提出された陳述書)では、「当初はBの物件をめざしたのですが、B物件がなかなか手に入らないことから、その後、取得対象を違うものに変えました。ウィッカム・マナー、ウィング・タイ、スリー・ケニーのコンドミニアムがそれです。」と述べており、参考人審尋においても右と同様のことを供述していること、乙山春夫が丙川との間で平成三年五月ころ取り交わした「マレーシア不動産投資契約書」と題する書面の第一条の〈3〉では「本プロジェクトにおける投資又は開発の対象は、甲(乙山春夫)乙(丙川)間での事前の合意により案件ごとに決定される。」となっていることに照らせば、乙山春夫と丙川との間の共同事業の合意が、「メナラ・ペナング」に投資対象を限定する趣旨であったと認めることはできず、債務者の右主張は理由がない。

2  また、債務者は、丁原銀行は、本件第一、第二貸付及び本件連帯保証契約の締結についての債権者の代理人である旨主張するが、債権者が丁原銀行に対し、右各契約締結に関する代理権を与えたことを認めるに足る的確な疎明資料はない。かえって、前記一1及び《証拠略》によれば、本件第一、第二貸付及び本件連帯保証契約の締結においては、債権者の担当者である甲山二郎が、債務者やA代表者の福岡に直接会い、融資条件などを説明したうえ、甲第一、第二号証の契約書に署名捺印を受けていること、丁原銀行の名は右各契約書上には全く表示されなかったことが一応認められ、このような契約形態においては債権者が、あえて丁原銀行に代理権を与える必要はないのであって、代理権を与えたとの債務者の主張は理由がない。

また、債務者は、丁原銀行と債権者がA及び丙川に対する融資において一体として行動したことによって丁原銀行の融資についての認識を債権者の認識と同視し得るとも主張する。しかしながら、債権者と丁原銀行は、役員及び職員の人的交流はあるものの法的には別個の法人である。そして、《証拠略》によれば、丁原銀行丁田支店の丙野四郎は、平成二年九月に丙川から金一六億の融資の申込みを受けたが、当時は、支店に割り当てられる貸出の枠がきつくなっていたことなどから、丁原銀行丁田支店で金三億五〇〇〇万円を貸出し、残りの融資については、他のファイナンス会社に融資の斡旋をすることとし、申立外戊原保証株式会社に融資の打診をしたが、同社から断られ、その後甲原株式会社、乙原株式会社および債権者の三者に融資の打診をした結果、債権者が融資に応ずることになったこと、債権者が、丙野四郎から融資の打診を受けた平成二年一〇月二五日ころの時点では、丁原銀行の先行融資がすでにされており、借主側の借り入れ条件及びその参考資料が調っていたため、債権者は、それらの資料を社内で検討し、融資が可能と判断して本件第一、第二貸付を実行したことが一応認められるところ、右事実によれば、丁原銀行は、単に融資の斡旋をしたに過ぎず、そのことをもって丁原銀行の融資についての認識と債権者の認識を同視することはできないといわざるを得ず、債務者の主張は理由がない。

3  前記1のとおり、乙山春夫と丙川との間の共同事業の合意が「メナラ・ペナング」に投資対象を限定する趣旨であったと認めることはできないから、そのことを前提とする詐欺の主張は理由がない。

しかし、債務者は、丙川の詐欺として、「丙川が、真実は融資金をA及び丙川個人の目的に使用するつもりであるのに、債務者をして融資金が乙山春夫と丙川とのマレーシアにおける不動産投資の共同事業のために使われるものと誤信させて本件連帯保証契約を締結させた。」とも主張していると考えられるので、さらにこの点につき検討する。

4  《証拠略》によれば、本件第一、第二貸付は、平成二年一一月二七日に実行されて、A名義の丁原銀行丁田支店普通預金口座(口座番号《略》、以下「本件預金口座」という。)に振り込まれ、そのうち金二億円が同月二九日にA名義の戊野銀行戊山支店預金口座に送金されていること、平成三年六月一〇日には、本件預金口座からマレーシアのバン・ヒン・リー・バンクのC・ロー(Aの依頼している法律事務所)の預金口座に日本円に換算して約金九億五〇〇〇万円が送金されたが、そのうち約七億三〇〇〇万円が同月中に送り返されてシティバンクのAや丙川の預金口座に入金されていること、マレーシアに残った資金についても平成三年六月以降にその大部分がクアラ・ルンプールのシティバンクのAその関連会社の口座や右C・ローの預金口座に入金されていること、丙川と乙山春夫が当初投資の対象として合意したメナラ・ペナングは結局購入されず、他方で、丙川は、Aの子会社やD(株主は、丙川の友人であるE及び丙川松子の実母丙田マツ)名義で、クアラルンプールにある「ウィッカム・マナー」というコンドミニアムや「スリー・ケニー」というコンドミニアムを購入していること、スリー・ケニーの購入契約は平成三年一月一四日に締結されており、ウィッカム・マナーの購入契約も平成三年五月一〇日ころ締結されていること、以上の事実が一応認められ、右事実によれば、本件第一、第二貸付の融資金は、結果的には丙川と乙山春夫の共同事業であるマレーシアの不動産投資事業にはほとんど使用されず、その大部分がAないし丙川個人の目的に使用された疑いが濃いということができる。

5  しかしながら、仮に債務者の主張するとおり、丙川が、当初から融資金をA及び丙川個人の目的に使用するつもりであったとしても、丙川の詐欺は、いわゆる第三者の詐欺であるから、本件連帯保証契約の相手方である債権者において、丙川のこの意図を知りまたは知り得べきであったことが必要であるところ、債権者が本件連帯保証契約締結時に右事実を知っていたことを認めるに足る的確な疎明資料はない。

6  また、債務者は、本件第一、第二貸付の時点で、メナラ・ペナングの購入契約が締結されていなかったこと、メナラ・ペナングは、右時点で完成までかなりの期間を必要としたこと、メナラ・ペナング購入について必要資金は全部で金三一億円で、丙川及びAの計画によれば、内金三億五〇〇〇万円は丁原銀行、金一二億五〇〇〇万円は債権者、残りの金一五億円はシティバンクから調達する予定であったが、本件第一、第二貸付の融資期間である五年間の金利を考慮すると、メナラ・ペナングの物件が右五年間に約五〇パーセント以上値上がりしなければ、丙川及びAは利益を受けられないことになること、Aが平成二年当時累積赤字を計上していたことなどの事実を挙げて、債権者において、丙川が、本件第一、第二貸付の融資金をA及び丙川個人の目的に使用するつもりであったことを知り得べきであった旨主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、債権者の担当者である甲山二郎は、平成二年一〇月二五日ころ、丁原銀行丁田支店の丙野四郎から初めてAへの融資の打診を受け、この時に、丙野四郎から、担保物件である債務者所有の渋谷区松涛の不動産の登記簿謄本や所在図、Aから丁原銀行に提出済であった投資の概要と収益見込についての書類、建設中のメナラ・ペナングの写真、Aの商業登記簿謄本、決算書、丁原銀行作成の信用調査書などの参考資料を渡されて同人から説明を受けたが、甲山二郎自身は、平成二年一一月一五日の第一、第二貸付の契約締結日までの間、丙川や債務者には全く接触していないこと、丙野四郎から渡されたAの決算書では、平成元年一二月期では赤字を計上しているが、平成二年六月期には黒字に転じていたこと、甲山二郎は、Aの収益見込についての書類や丙野四郎の説明をもとに、クアラルンプールの不動産市況が活況で有望であるので、Aが、購入するコンドミニアムを賃貸する場合にも転売する場合にも、金利を考慮してもなおAに利益が出るとの見通しを立てたこと、債権者は、抵当証券を発行しての不動産担保貸付事業を事業の中核とする会社であるので、丙野四郎の融資の斡旋後直ちに、債務者所有の渋谷区松涛の不動産の査定を不動産鑑定士に依頼し、右物件を融資可能な評価額であったので融資を決定したこと、以上の事実を一応認めることができ、平成二年当時の経済情勢からは、不動産価格が五年間に五〇パーセント位上昇することも荒唐無稽な話とは断定できなかったことを考慮すると、右事情の下では、債権者において、丙川が、第一、第二貸付の融資金をA及び丙川個人の目的に使用するつもりであったことを知ることは困難であったといわざるを得ず、債務者の主張は理由がない。

三  人違いの錯誤の主張について

債務者は、本件第一、第二貸付の丙川個人であると考えて本件連帯保証契約を締結したと主張し、《証拠略》にはこれに沿う記載部分があるが、前記一1のとおり、平成二年一一月一五日に、丁原銀行丁田支店に債務者、乙山春夫、丙川、丙川松子らが集まり、本件第一、第二貸付の契約書である甲第一、第二号証の各金銭消費貸借抵当権設定契約証書に、契約各当事者が、右各契約書に署名捺印(Aについては記名)したのであり、《証拠略》によれば、右各契約書の主たる債務者欄にはA記名押印が、連帯保証人欄には丙川個人の署名捺印がなされていることが認められるから、債務者は、本件第一、第二貸付の借主がAであると十分認識し得たはずであって、債務者及び乙山春夫の各陳述書の記載部分は信用できず、債務者の主張は理由がない。

四  動機の錯誤の主張について

1  債務者は、乙山春夫が丙川と共同で行うメナラ・ペナングへの投資事業のために本件第一、第二貸付の融資金が使われると考えて本件連帯保証契約を締結したので、本件連帯保証契約は動機の錯誤として無効と解すべきであると主張する。

2  しかしながら、まず、前記二1のとおり、乙山春夫と丙川との間の共同事業の合意が「メナラ・ペナング」に投資対象を限定する趣旨であったと認めることはできないから、そのことを前提とする錯誤の主張は理由がない。

3  もっとも、債務者は、「乙山春夫が丙川と共同で行うマレーシアにおける不動産投資事業のために本件第一、第二貸付の融資金が使われると考えて本件連帯保証契約を締結したので、動機の錯誤として無効と解すべきである。」とも主張していると考えられるので、さらにこの点についても検討する。

そして、仮に、債務者が、乙山春夫が丙川と共同で行うマレーシアにおける不動産投資事業の資金を借入れるために本件連帯保証契約をしたものであり、この点に錯誤があったとしても、これは連帯保証契約締結に至る動機の錯誤であるから、この錯誤が民法九五条の要素の錯誤として契約の無効事由となるためには、その動機が契約の内容として相手方に表示されることを要すると解される。

しかしながら、マレーシアにおける不動産投資事業への乙山春夫の関わり合いや債務者が本件貸付に関わる動機や立場については、これらの事項が記載された書面が債権者に提出されたことを示す疎明資料はないし、平成二年一一月一五日の契約締結の場において、債務者ないし乙山春夫から債権者に対し、これらの事項について述べられたことを示す疎明資料もない。かえって、《証拠略》によれば、債権者の担当者の甲山二郎は、丁原銀行丁田支店の丙野四郎から、マレーシアにおける不動産投資事業への乙山春夫の関わり合いや債務者が本件貸付に関わる動機や立場について説明を受けていないことが一応認められるので、債務者において本件連帯保証契約締結に至る動機に錯誤があったとしても、その動機の表示がなされているとは認めがたく、債務者の主張は理由がない。

五  信義則違反の主張について

債務者は、本件第一、第二貸付の融資金が振り込まれた本件預金口座から、金二億円が平成二年一一月二九日に引き出されてA名義の戊野銀行戊山支店預金口座に送金されたことに対して、債権者が何らの措置も取らなかったこと、そして、本件融資金のうち丁原銀行丁田支店の大型定期預金に組まれていた金一〇億円について、債権者が本件第一、第二貸付の融資金の使途の管理を依頼していた丁原銀行丁田支店が、スリー・ケニー等メナラ・ペナング以外のコンドミニアムの購入資金に使うとの丙川の申し出に応じて、担保提供者兼保証人である債務者の了解を取らずに右定期預金の解約を認めたことなどの事実を挙げて、債権者には、融資における信義則違反があり、債務者に対する本件第一、第二貸付についての連帯保証債務の履行請求が認められないと主張する。

しかしながら、一般的に、金融実務においては融資金の使途の把握に務めるべきであるといわれ、また、金融実務上、借主において使途違反の行為があった場合に、貸主が、融資の契約上の義務違反として契約の解除その他の措置を取ることもしばしばあり得ることであるが、このような金融実務の扱いは、貸出金の返済が確実に行われるようにするための貸主である金融機関の内部的義務の問題であり、融資金の使途の把握は、貸主が担保提供者や連帯保証人に負う法的義務とはいえないから、仮に債権者において本件第一、第二貸付が実行された後の融資金の使用状況を十分に把握していなかったとしても、これによって、債務者に対する本件第一、第二貸付についての連帯保証債務の履行請求が認められなくなるわけではなく、債務者の主張は理由がない。

六  独占禁止法違反の主張について

債務者は、本件第一、第二貸付は、債権者が、丁原銀行と共謀して、融資金のうち金一〇億円を丁原銀行丁田支店に定期預金させる目的で実行したと主張するが、この事実を認めるに足る的確な疎明資料はない。

かえって、《証拠略》によれば、金一〇億円の定期預金は、Aが、その意思で資金運用上有利な定期預金にしたもので、債権者において右定期預金を本件第一、第二貸付の条件にしたことはないことが一応認められるので、債務者の独占禁止法違反の主張は、その前提を欠き理由がない。

七  債権者の担当者の不法行為の主張について

債務者は、債権者の担当者が、丁原銀行丁田支店の担当者と共謀の上、丙川が債務者を欺して本件連帯保証契約を締結させたことに関し、その事情を知りながら丙川に協力し、その結果、債務者に損害を与えたと主張するが、前記二3、4のとおり、債権者の担当者が、丙川の債務者に対する詐欺行為について認識していたと認めることはできないので、債務者の主張は理由がない。

八  法人格否認の法理による有限会社戊田の賃料債権の仮差押えについて

1  債権仮差押における仮差押債権は、債権者が関与することのない債務者と第三債務者との関係であるため、これらの点についてまで裁判所が実質的な審理、判断をすることとなると、迅速を必要とする保全手続の要請に反するので、債権仮差押においては、被差押債権の存否及びその帰属については、一応債権者の主張するところに従って処理し、裁判所としてはこの点に関する審理及び実質的判断はしないのが原則である。

しかしながら、他人名義の債権の仮差押えをする場合には、そもそも当該債権が債権者のものであるという権利帰属の外観が存在するとはいえないし、また、一応債権者の主張するところに従って権利の帰属を判断するとするならば、債権の名義人とされた第三者の利益が害されるおそれがあるから、仮差押の申立にあたっては、当該他人名義の債権が債務者に帰属することの疎明が必要であるというべきである。

そして、民事保全法二一条本文は、「仮差押命令は、特定のものについて発しなければならない。」と規定しているので、仮差押の目的物の選択の適否についても、仮差押異議に基づく再審査の対象となると解され、他人名義の債権の債務者への帰属の有無についても、当然に仮差押の異議の理由になるというべきである。

2  そして、債権者は、有限会社戊田が、独自の事務所を持たずに債務者の住所を商業登記簿上の住所としていること、債務者が代表取締役、債務者の夫の乙山春夫が取締役を務め他に役員はいないこと、有限会社戊田の業務である債務者の所有不動産の管理は、実際には申立外株式会社乙川が行っていることなどの事実を挙げて、有限会社戊田の法人格が形骸化しておりその法人格が否認されるべきであると主張する。

しかしながら、形骸化を理由に法人格が否認されるためには、単に個人が法人である会社を事実上支配していることのみならず、法人とその背後にある個人との間で、財産を混同したり、業務活動や経理上の処理における混同が反復係属して行われ、法人について法が要求している諸手続きが無視されている状況がなければならないと解されるところ、《証拠略》によれば、有限会社戊田は、決算書を作成して独自の税務申告をしており、平成四年度は、金一三〇〇万三〇〇〇円の所得を上げて金四一一万六一二五円の法人税を納付し、平成五年度は赤字となったが、平成六年度は金一二三〇万二〇〇〇円の所得を上げて金三八五万三二五〇円の法人税を納付していること、有限会社戊田は、丁原銀行丁田支店に平成七年六月三〇日の時点で金七七〇万六四五九円の普通預金を有し、債務者に対して駐車場改築資金として約金二三五万円を年利三・八パーセントで貸し付け、丁原銀行丁田支店から事業資金として約金四四〇〇万円を借り入れていること、有限会社戊田は、従業員を雇い、平成六年七月一日から平成七年六月三〇日までの会計期間に金一三六万八八六〇円の給与を従業員に支払っていること、有限会社戊田の株式は債務者夫妻の外に、債務者の弟が四四パーセントの持ち分を有していること、以上の事実が一応認められ、右事実によれば、有限会社戊田と債務者が、互いに財産や経理処理のうえで混同しているとはいえず、債務者による有限会社戊田の支配も完全ではないのであるから、債権者の主張するような事実を考慮してもなお、法人格否認の法理が適用される要件を満たしているとはいえず、債権者の主張は理由がない。

九  結論

以上のとおり、甲事件の仮差押決定については(平成五年(ヨ)第一二六一号不動産仮差押申立事件)、正当であるからこれを認可し、乙事件の仮差押決定については(平成七年(ヨ)第三六三九号債権仮差押申立事件)、仮差押債権の債務者への権利帰属の外観がなく、かつ、仮差押債権が債務者に帰属することの疎明もないのでこれを取り消して右仮差押命令申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 中山幾次郎)

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